英文学研究とウェッブカンファレンス そして琉球・沖縄(原田範行)

日本英文学会第92回全国大会に寄せて

 春になった。まもなく日本英文学会の全国大会である。本来ならば、英米文学、英語学、英語教育研究にかかわる多くの研究者が、年に一度、この大会を機に一堂に会する。登壇する人もいれば、関心のある発表を熱心に聴いて回る人もいる。書店展示に入り浸ってしまうこともあれば、同時に開催されるいくつもの関連学会の会議で忙しい、ということもある。海外の大型学会のように、大学院生のための就職相談があったり、小旅行がプログラムに組み入れられていたりするような派手さはないけれど、それでも、貴重な研究交流の場として、一九二九(昭和四)年の第一回大会以来、連綿と受け継がれてきた。今年が第九十二回ということになる。

 日本における英米文学、英語学、英語教育研究には、当然のことながら、さまざまな歴史が刻まれてきた。昭和初期、まさに英文学会大会が始まった頃には、「大翻訳局を作って海外の情報はそこがすべて翻訳すればよい、旧制中学における必修の英語教育など不要だ」という声が大学人の間にも少なからずあった。第二次世界大戦末期の一九四五(昭和二十)年の第十七回大会は開催不能。学生紛争の影響を受けた一九七一(昭和四十六)年の第四十三大会は、開催時期が十二月にずれ込んだ。二十世紀後半以降は、人文学研究の危機が指摘され、特別シンポジウムのテーマになったこともある。今回は、新型コロナウィルスの感染拡大に見舞われ、実施方法をウェッブカンファレンスとすることになった(開催時期は七月上旬の十日間程度を予定)。日本英文学会始まって以来のことである。

 中世以降、イギリスを含め、ヨーロッパはたびたびペストに襲われ、特に一六六五年のロンドン・ペストでは七万人が亡くなったという。サミュエル・ピープスの有名な『日記』やダニエル・デフォーの『ペストの記憶』は、当時の様子を詳細に描き出している。「ペストに伴って社会構造が変化し、新たな時代が形成されることになった」とは、毎年、英文学史の講義で話していることなのだが、とはいえ、感染拡大の危機に直面してみると、そう簡単に片づけるわけには行かなくなる。遠隔授業の英文学史で、何を、どう語ればよいのか。文学史と現在が、研究と現実が、激しい火花を散らして接合するかのような感覚をおぼえる。英文学会の歴史に刻まれることになった今回のウェッブカンファレンスもまた、そのような火花を映し出すことになるのではないか。

 ウェッブカンファレンスという方法は、もちろん、研究者仲間がもろもろのことをゆっくり語り合えるという利点を減じるかも知れないが、逆にメリットもある。同時間帯の研究発表やシンポジムの内容を詳しく知ることができるし、学会事務局でパスワードを取得すれば、開催期間中、何度もアクセスできる。交通機関を使って会場に足を運ぶかわりに、質問やコメントをゆっくり考えて登壇者に送ることもできる。なにより今回のウェッブカンファレンスには、これまで着実に進められてきた研究者や関係者の準備を大切なものとして扱い、これを成果として発表していただくことで、研究交流の灯を絶やさない、という学会の強い意志がある。今回、『週刊読書人』の紙面をお借りして、研究の面白さを語っていただいた諸氏は、いずれも次代を担う若手・中堅の方々で、研究発表をウェッブカンファレンスでご披露いただく予定である。

 第九十二回大会は、琉球大学で開催されることになっていた。沖縄県での開催もまた、英文学会始まって以来の企画である。特別シンポジウム「交差する眼差し―琉球・沖縄・東アジア島嶼地域と英米文学」は、琉球・沖縄という視点から、英米文学、英語学、英語教育を検討し、そういう視点だからこそ確認できる学問的成果を明らかにしようとする試みである。バジル・ホールによる『朝鮮・琉球航海記』を軸にしたロマン主義文学期の琉球表象(浜川仁氏)、ペリーの琉球来航以降、特に第二次世界大戦以降のアメリカにおける琉球・沖縄像や日本側のアメリカへの意識(山里勝己氏)、ヴァーン・J・スナイダーの『八月十五日の茶屋』を軸としたアメリカの軍人と沖縄住民との異文化接触(名嘉山リサ氏)、琉球・沖縄およびハワイやグアムにおけるアメリカの言語接触や言語政策の諸相(石原昌英氏)などの魅力的な発表は、ウェッブカンファレンスでご披露いただく予定である。

 二〇二〇年、日本英文学会には、いつにも増して数々の新しい歴史が刻まれることになる。その意義を、新たな研究、新たな社会に向けて、確実に来年へとつなげて行きたい。(はらだ・のりゆき=日本英文学会会長・慶應義塾大学教授)

【読書人】『英米文学研究書あんない』特設サイト

日本英文学会第92回全国大会開催に際しまして、週刊読書人では『英米文学研究書あんない』特集を企画しました。 紙面で紹介させていただきました書籍について、本特設サイトでもご紹介させていただきます。

0コメント

  • 1000 / 1000