ピンチョンにおける地域性を手掛かりに(榎本悠希/慶應義塾大学大学院生)

研究発表テーマ:カリフォルニア的想像力 Gravity’s Rainbowにおける空間的転回と1970年代

 現在、私は慶應義塾大学大学院文学研究科英米文学専攻に所属し、現代アメリカ文学の巨匠の一人、トマス・ピンチョン(一九三七年生)を主題とする博士論文執筆を目標にしている。

 ピンチョンと言えば、近代西洋に端を発するコロニアリズムの歴史的邪悪さを丹念に描いてきた作家として知られ、作品の放つ歴史的な「タテ」の想像力がピンチョンという作家の本質的な評価軸の一つとして捉えられてきた。

 けれども、私が現在着目しているのは、そうした歴史的な意識と比して二次的とされてきたピンチョン作品におけるカリフォルニアの地域性という、いわば「ヨコ」の観点だ。カリフォルニアが直接的な舞台となる『競売ナンバー四十九の叫び』(一九九六)、『ヴァインランド』(一九九〇)、『LAヴァイス』(二〇〇九)の所謂カリフォルニア三部作は勿論、それらに加え、第二次世界大戦下のヨーロッパ大陸と北米大陸、並びにアフリカ大陸を股にかける国際小説で百科事典小説でもあり、ポストモダン文学の金字塔の一つでもある『重力の虹』(一九七三)もまた、カリフォルニアの同時代的な地域性の磁波内にあると推察している。

 ピンチョンという作家はその性格上、個人的な情報をほぼ明かさないが、この『重力の虹』執筆時の一九六〇年代から七〇年代にかけて、彼がカリフォルニアはロサンゼルス近郊に居を構えていた事が明らかになっている。さらにこの時代は——ベトナム戦争の泥沼化と撤退、公民権運動の勃興、第二次フェミニズム運動、自然保護運動、そしてワッツの動乱など——時として暴力性を孕むラディカルな変化が、同時並行的に推進した時期でもあった。このような危機と変化の時代思潮を肌で感じながら、彼はそのラディカルな気運に対しどのように応答したのか。地域性を手掛かりにしつつ、それに根ざす一九七〇年代の同時代的なリアリティの在処に少しでも肉薄できれば——そのように思いを馳せつつ研究に取り組んでいきたい。(えのもと・ゆうき=アメリカ文学)

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